「この人にも、こんな過去があったんだ」
誰かの人生を知ったことで、自分の悩みが少しだけ軽くなったり、「自分もまだ変われるかもしれない」と思えたりする。
私は、そんな“誰かの人生が、誰かを救う瞬間”を増やしたくて、Introduction Journalを運営しています。
このサイトでは、経営者やフリーランス、会社員、クリエイターなど、さまざまな方の人生や仕事、価値観をインタビューし、一人ひとりの背景にある物語を届けています。
今回は、Introduction Journalを運営している「私(iu0403)」について。そして、なぜこのメディアを発信しているのかについて、お話ししたいと思います。
「我慢すること」を覚えた幼少期
私は、両親と弟2人の5人家族で育ちました。
今では、この家族のもとに生まれたことを誇りに思っています。
ただ、幼い頃からそう思えていたわけではありません。
両親の関係は決して良好とは言えず、父は母に暴力を振るうことがあり、物に当たり、怒鳴り声が響いているのが日常。浮気やギャンブルの問題もあり、決して穏やかな家庭ではありませんでした。
金銭的に余裕がある家庭でもなく、欲しいものや、やってみたいことがあっても、「我慢しよう」と考えることが当たり前になっていきました。
母もまた、決して余裕があったわけではありません。
弟2人は、幼い頃から野球を続けていました。
県大会、全国大会、選抜、甲子園。
ありがたいことに実績にも恵まれ、その分、道具代、遠征費、交通費など、とにかくお金がかかりました。
家族で「野球貧乏」と言っていたほどです。
そんな中、弟たちが長年続けた野球には惜しまず向き合い、「やりたいことはやりなさい」「一度決めたなら最後までやり通しなさい」と、子どもたちの挑戦を支え続けていた母の姿をとても鮮明に覚えています。
大人になってから家庭の事情を詳しく知り、初めて分かったことがたくさんあります。
- 夫婦関係
- お金の問題
- 姑との確執
- 周囲との人間関係
私が子どもだった頃には見えていなかったものが、たくさんありました。
幼い頃、一人で泣いていた母に、何もできずティッシュを渡すことしかできなかった私。
当時は分からなかったその涙の意味も、今なら少し理解できます。
人には、外から見ているだけでは分からない事情がある。
この感覚は、現在の私の活動にもつながっています。
人を傷つけたことも、傷つけられたこともある
私自身、決して「きれいな人生」を歩んできたわけではありません。
我慢していた欲求を満たすために、幼い頃に盗みを繰り返したことがあります。
親が学校へ呼び出され、盗んだものの代わりを用意してもらい、被害に遭った子たちの前で、一人ひとりに謝罪しながら返していきました。
本当に情けなかった。
自分の欲を満たしたかっただけなのに、最後には、一番迷惑をかけたくなかった親にまで迷惑をかけました。
そこで初めて、自分がやったことの重さを実感し、それを境に盗みはやめました。
ただ、問題はそれだけではありません。
その後は反対に、自分が人間関係の中で孤立し、学校へ行けなくなりました。
人間関係や恋愛での自分勝手な振る舞いをきっかけに、今度は私が周囲から反感を買うようになり、
通りすがりに暴言を吐かれ
待ち伏せされ、嫌がらせを受ける。
仲の良かった友人たちからも距離を置かれ、自分の居場所がなくなっていきました。
誰かを傷つける側にもなったし、傷つけられる側も経験したことで、過去に誰かを傷つけた行いは必ず自分に返ってくるんだと実感しました。
だからこそ今、「この人が悪い」「この人が弱い」と、一部分だけを見て人を判断することができません。
人の行動には、その人にしか分からない背景があるからです。
もちろん、過去にしてしまったことが正当化されるわけではありません。
それでも、その人がなぜそうなったのか。
そこまで知ることで、その人本来の姿や本質など見えてくるものがあると思っています。
大人になっても、自分を好きにはなれなかった
中学生までは、本当に勉強が大嫌いで全く身が入りませんでした。
授業中に携帯いじったり、友達と手紙交換をしたり、先生の目を盗んでふざけたり。
昔から本を読むのが好きだったので、勉強せずとも得意だった国語、そして音楽に関してはいつも高得点でした。それ以外の教科では、赤点は当たり前。学年順位が低くても何の焦りもありませんでした。
いよいよ高校の進路選択が迫ってきたとき、ようやく自分のヤバさに気がつき始めます。
親に迷惑をかけたくないから、公立で家から近い高校はここ!と第一志望にしていた学校は単位が足りず受験資格をもらえませんでした。
音楽系の部活動に入部していたのですが、たまたま最後の大会で優秀賞を獲得。東北大会出場の切符を手にしたことで、それが受験資格の代わりとなり無事に第一志望の学校を受験し入学まで進めることができました。
そんな学生時代の経験から、高校では制服も着崩さず、真面目に授業に取り組むようになりました。
就職、大学進学どちらの道でも進めるようにと私は勉強に力を入れ、大手企業へ就職することができました。
卒業後、県外で一人暮らしをしながら社会人としての歩みを進めていた頃。
家庭の事情から母と一緒に暮らした時期もあり、そこから数年間母との生活が始まりました。
弟たちはまだ野球を続けていて、当然お金もかかりますし、支払いが厳しくなれば母は頼り先がないので真っ先に私に相談してくれました。
そして、大きな支払いを私が負担することもありました。
母を支えたい。
経済的に苦しくなった時期には、本業とは別の仕事をしてお金を工面したこともあります。
ですが、次第に自分の時間や自分の欲しいものを優先するようになり、母からお金の相談をされても嫌な顔をすることが増えました。
心身ともに余裕を失い、当時長くお付き合いしていた恋人や愛犬に対して、今でも後悔している選択をしたこともあります。
その後、環境を変えるために上京。
初めての営業職に挑戦し、大手企業とはまったく異なるベンチャー企業の世界を経験しました。
そこで知ったのは、自分がこれまで見てきた世界が、ほんの一部でしかなかったということです。
少なからず、一般の家庭とは違う経験をしたし、自分で努力をし大手企業に長く勤めたことに誇りを持っていたので調子に乗っていたんだと恥ずかしく思います。
世の中には、自分よりも行動している人がいる。
自分よりも努力している人がいる。
自分とはまったく違う人生を歩んできた人がいる。
世界が広がった一方で、私は次第に自分に自信を持てなくなりました。
「この発言は間違っていないだろうか」
「周りからどう思われるだろう」
そうやって人の目を気にし、自分自身を小さくしていくようになったのです。
そんな中、自信を取り戻してくれたある出会いをきっかけに、もう一度自分の人生と向き合うことを決めました。
今では、その恩師は一緒に仕事をさせていただくほど一番理解のあるビジネスパートナーです。
こんな未熟だった私に、たくさんの気づきを与えていただいた会社には、本当に感謝しかありません。
自分の人間性を、一度0からつくり直してみよう。
そう決心し、会社を辞め、新しい道へ進み、さまざまな経験を経て辿り着いたのが、現在のWebライターという仕事です。
インタビューをするたびに、私自身も救われてきた
ライターとして活動するようになり、これまで以上に多くの人と出会うようになりました。
経営者、会社員、フリーランス、何かに挑戦している人。
一見すると、自信に満ち溢れていて、前向きで、多くの人から慕われている・成功しているように見える人たちです。
「どうしてこの人は、こんなに前向きなんだろう」
「どうしてこんなに自分を信じられるんだろう」
そんな疑問を抱きながら話を聞いてみると、意外な答えが返ってくることがありました。
「昔は自分もそうだったよ」
- 信頼していた人に騙された
- 仕事で大きな失敗をした
- 人間関係で傷ついた
- 誰にも言いたくないような過ちをした
- 自信をなくし、自分自身を嫌いになった時期があった
今の姿からは想像できない過去を持っている人が、たくさんいました。
私はインタビューをする側でありながら、何度もその言葉に救われてきました。
「自分だけじゃなかったんだ」
そう思えました。
そして、ある時ふと思いました。
この人たちの話を必要としている人は、きっと私だけではない。
同じ悩みを持っている人が、この人たちの人生を知ったら、何かが変わるかもしれない。何かのきっかけになるかもしれない。何より、過去の自分に伝えてあげたら何かが変わったかもしれない、と本気で思いました。
それが、私が「人生をインタビューし発信すること」に意味を感じるようになった理由です。
「すごい人」を紹介するためだけのメディアにはしたくない
Introduction Journalで伝えたいのは、肩書きや実績だけではありません。
どんな仕事をしているのか
どんな成果を残してきたのか
もちろん、それも大切です。
でも、それ以上に私が知りたいのは、
「なぜ、その人が今のその人になったのか」
ということ。
成功しているように見える人にも、うまくいかなかった時期があります。
人から慕われている人にも、孤独だった時期があるかもしれません。
強く見える人にも、誰にも見せなかった弱さがあるかもしれません。
私が幼い頃に見た母も、そうでした。
表面上は強く見える人も、誰にも見られない場所で一人で泣いているように。
だから私は、表面的な経歴だけではなく、その人の考え方や過去、失敗、葛藤、転機までを丁寧に聞くことで、その人らしさが伝わる記事をつくりたいと思っています。
私自身が、決して順風満帆な人生ではなかったからこそ、「成功した人」としてではなく、一人の人間として伝えたいと思っています。
その人が歩いてきた人生を知ったうえで、その人の魅力を言葉にしたい。
それが、Introduction Journalのインタビューで大切にしていることであり、強みです。
誰かの人生が、誰かの「もう一歩」になるように
このサイトを、一人で悩んでいる人にも届けたいと思っています。
- 仕事がうまくいっていない人
- 自分に自信がない人
- 過去を後悔している人
- 周りと比べて、「自分は何者にもなれていない」と感じている人
- 自分には味方がいないと思っている人
そんな時に、Introduction Journalに登場する誰かの人生を読んで、
「この人にも、こんな時期があったんだ」
「今の自分だけを見て、人生を諦めなくてもいいのかもしれない」
そう思ってもらえたら、嬉しいです。
そしてもう一つ。
記事に登場してくださる方自身にも、「自分の人生を話してよかった」と思ってもらえる場所でありたい。
過去は変えられません。
でも、過去の意味は、これからの生き方によって変えられると私は思っています。
だから私は、その人が歩いてきた人生を言葉にして、必要としている誰かへ届けたい。
そんな人生と人生の接点をつくっていきたいと思っています。
Introduction Journalが目指すもの
私には、世の中すべての人を救うことはできません。
それでも、目の前にいる一人の話を聞くことはできます。
その人の人生を言葉にして、必要としている誰かへ届けることもできます。
私自身、これまでたくさんの人の言葉に救われてきました。
だから今度は、私が届ける側になりたい。
誰かの人生を知ることで、孤独が少し軽くなる
誰かの過去を知ることで、自分の可能性をもう一度信じられる
- そんな瞬間を、一つでも多くつくりたい
- 世の中から、孤独な人を一人でも減らしたい
- 味方がいないと思っている人に、「本当に一人なのかな」と、もう一度周りを見渡せるきっかけをつくりたい
- そして、目の前で困っている人がいた時に、その人の力になれる人間でありたい
それが、私自身の役目であり、Introduction Journalを続ける意味だと思っています。
さまざまな人の人生をインタビューし、その人が歩んできた道や経験、そこから生まれた言葉を「紹介(Introduction)」する。
そして、その人生を一度きりのものにせず、いつでも振り返ることができるように、「日記(Journal)」として書き留めていく。
あなたの人生はまだ途中です。
このサイトに出会い、救われる人が増えますように。
それが、私がこのサイトを運営し発信する理由です。
introductionjournal


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