【後編】「報われない努力なんて、ひとつもなかった」──元サッカー選手・川目 湧真が語る“心を支える力”

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夢が終わったと思ったその場所から、もう一度、彼の挑戦が始まる──。
ニュージーランドで初めて掴んだ契約、再び訪れる苦境、そして“心”という新しいフィールドへ。

前編に続く【後編】では、引退を経てメンタルコーチとして生きる川目 湧真(かわめ ようま)の“人間力”の本質に迫る。

小さな一歩と“楽しむ”の再発見

再出発の舞台は、ニュージーランド。
アルバニアで心が折れかけた彼が、もう一度立ち上がるために選んだ地だった。

「これで契約できなければ、引退する。」
その覚悟で挑んだ、最後の挑戦だった。

渡航準備は、最初からつまずいた。
何度も申請が却下され、空港に行っても搭乗できず。
ようやく書類が通ったと思えば、今度はPCR検査が“陽性”。
2度の延期──それでも、彼は落ち込まなかった。

「時間ができた分、最高の準備ができる。」
過去の経験が、彼の思考を変えていた。
もう、悲観することはなかった。
“状況は選べない。けれど、心のあり方は選べる。”

ようやくニュージーランドに降り立ったのは、リーグの移籍期間の終盤。
練習参加できるのは、1部と2部の2クラブのみ。
チャンスは、たった2回だった。

初日、1部クラブの練習を終えると、監督が言った。
「明日から、チームの一員として動いてほしい。」

その瞬間、胸の奥で何かが弾けた。
「契約したい──」そう伝えたとき、監督は頷いた。
25歳、初めての海外クラブとの契約
世界の片隅で、ようやく夢が形になった瞬間だった。

「遅いスタートだったけど、やっと“報われた”って思いました。」

ただ、夢の景色は、決して甘くなかった。
デビュー戦は途中出場。
期待とは裏腹に、30分で交代を告げられた。
心も身体も思うように動かず、ピッチを去る足取りは重かった。

その夜、彼は日本の友人が配信していたインスタライブを何気なく開いた。
彼が視聴していることに気づいた友人が、こう語りかけた。

「夢を追って戦う姿、本当にかっこいいです。
うまくいかない時もあると思うけど、楽しんでサッカーしてほしい。」

たった一言。
それでも、その言葉が心の奥に響いた。

「サッカーを楽しむ──それを、ずっと忘れていました。」

クロアチアで言われた「楽しむな」という言葉。
その呪縛が、ずっと自分を縛っていた。

「でも、“楽しんでいいんだ”と思えた瞬間、身体が軽くなったんです。
プレーも、心も、全部が繋がった感じでした。」

その週の練習は、これまでにないほど好調だった。
仲間からも「今週すごいな」と声をかけられ、
“心と身体は繋がっている”ことを実感する。

結局、彼が憧れていた強豪クラブとの試合には出られなかった。
しかし、もう結果に縛られる自分はいなかった。
プレーできる日々そのものが、かけがえのない時間だった。

「どんな環境でも、心のあり方ひとつで景色は変わる。
あの時の“楽しんでいい”という言葉が、僕の生き方を変えたんです。」

ニュージーランドという地で、
川目さんは“勝つためのサッカー”から、“生きるためのサッカー”へと変化していったのかもしれない。

自力で掴んだ契約と、再びの苦境

シーズンが終わり、クラブを離れる決断をした川目さん。
しかし、頼りにしていたエージェントは動こうとしなかった。

「口では“任せろ”と言うけど、何も進まない。
だから、もう自分で探そうと思ったんです。」

1部リーグで出場機会が少なかった反省から、
彼は現実的に“2部リーグで試合に出る”ことを優先した。
チーム公式サイトから自分で5チームに連絡を送り、
そのうち2チームの練習に参加できることになった。

「チャンスは自分で掴むしかない──そう思っていました。」

練習ではミスもなく、雰囲気も良好。
「このままいけるかもしれない」と感じた矢先、
どちらのクラブからも届いたのは、同じ答えだった。

「トップチームでは、まだ通用しない。」

現実の厳しさに、再び心が揺れる。
それでも、彼はエージェントに再度連絡を入れた。
「チームを探してほしい。もし無理なら、返金してほしい。」
その言葉に、ようやく彼が動き始めた。

数週間後、1部と2部のクラブを紹介され、2部クラブでの契約が決定。
再び、新たな挑戦が始まった。

車上荒らし、そして“また最初から”

ニュージーランドでの生活は、車なしでは成り立たない。
中古車を20万円で購入したが、度重なる故障に悩まされる。
修理を終えたわずか一週間後、事件が起きた。

「朝、車を見たら窓ガラスが割られていたんです。
鍵穴は壊され、AirPodsも盗まれていて……本当に何も言葉が出ませんでした。」

警察に通報しても「証拠がない」と取り合ってもらえず、
心に浮かんだのはただひとつの言葉。

「なんで、いつも俺なんだろう。」

ようやく掴んだ契約。これからという時に、再び突き落とされる現実。
「これが、夢を追う代償なのか」
そう思った瞬間もあった。

トリプルワークという現実

車の修理費、生活費、そして貯金。
彼はついに、三つの仕事を掛け持ちすることを決意した。

  • 朝は清掃(7:00〜9:00)
  • 昼は倉庫勤務(9:30〜17:00)
  • 夜は飲食店(18:00〜21:00)

その合間にチーム練習、週末はリーグ戦。
身体を削るような日々が続いた。

「サッカー以外の時間に生きることの方が長くなって、
何のために頑張っているのか分からなくなることもありました。」

それでも、彼はボールを蹴り続けた。
「サッカーできるだけマシだ」──そう自分に言い聞かせながら。

崩れていくメンタル

結果を出しても評価されず、
2軍、そして2軍のベンチにまで落とされた。

「プロを目指してるのに、俺は今このレベルで何をしてるんだろう。
普通の人生を捨ててまで、何をしてるんだ俺は。」

孤独に押しつぶされそうな夜、
彼は車を走らせ、海が見える丘でひとりベンチに座った。
沈黙の中で浮かぶのは、自分への問いばかりだった。

それでも、彼は立ち止まらなかった。
「変わらない現状を変えるには、自分が変わるしかない。」

監督にメッセージを送り、意見を求めた。
返ってきたのは、厳しくも温かい言葉だった。

「落ち着いてプレーできるのは素晴らしい。
でも、熱意が足りない。
このままだとチームで地位を上げるのは難しい。」

その日から、彼は変わった。
誰よりも声を出し、練習の合間にはコーチと戦術を確認。
サッカーノートに気づきや反省を書き続けた。

解雇、そして再挑戦

ゴールを決め、チームメイトから祝福された翌週。
監督から届いたメッセージは、無情なものだった。

「若い選手たちに出場機会を与えたい。
君は、別のチームで挑戦した方がいいと思う。」

それは、事実上の解雇通知だった。

「複雑でしたね。やっと結果を出して、これからだと思ってたので。」

期限ギリギリで、彼は3部リーグのクラブに移籍。
練習初日に2ゴール3アシストを記録し、すぐ契約を掴んだ。
だが、レベル差は大きく、理想とのギャップに苦しんだ。

「“サッカーできるだけマシ”って思いながら、
どこかで“ここじゃない”って感じていました。」

それでも、彼はノートを書き続けた。
“弱さも、悔しさも、全部受け止めよう”と。

「書くことで、また前を向けたんです。
たとえ結果が出なくても、自分の心は嘘をつけない。」

「“最悪”の裏に、本当は何があったのか──
感情に問いを立てることで、初めて前に進める。」

そう語る彼の目は、迷いのない光を放っていた。

引退とメンタルコーチへの転身

ニュージーランドでの挑戦を終えたあと、
川目さんはポーランドへ向かう準備を進めていた。

3カ国・6つのプロクラブから声がかかり、
ようやく掴みかけていた、次のチャンス。

27歳──
「ここをサッカー人生の集大成にしたい」
そう強く思っていた。

しかし、出発を目前に控えたある日の練習中、身体に異変が起きる。

腰に走った、これまでとは違う鈍い痛み。
次第に、仰向けで眠ることができなくなり、
長時間座ることも、歩くことさえ苦しくなっていった。

「“もうダメかもしれない”──
この言葉が心に浮かんだのは、そのときが初めてでした。」

これまで何度も怪我を乗り越えてきた。
膝の手術、長いリハビリ、海外での過酷な環境。
それでも心は、前に進もうとしていた。

だが今回は違った。
気持ちではどうにもならないところまで、身体が限界を訴えていた。

帰国後、原因が判明する。
診断されたのは「フラットバック」。
腰椎の湾曲が失われ、日常動作にまで支障をきたす状態だった。

「この身体で、プロの世界に立ち続けることはできない」

そう現実を受け止めたとき、川目さんは静かに、
“引退”という選択肢を、自分の中で初めて認めることになった。

「どれだけ書いても、気持ちは変わらなかった。
“引退”という言葉を、初めて自分の中で認めた瞬間でした。」

彼は現役時代から「サッカーノート」を毎日つけていた。
その日感じたこと、練習での気づき、迷いや不安も全部書いた。
言葉にすることで、自分の心と向き合うことができたからだ。

「でもあのときだけは、何度書いても心が整理できなかった。
夢が形になる直前に、全部が崩れていく感覚でした。」

燃え尽きたような日々。
そんな中、SNSで見つけた“スポーツメンタルコーチ”という言葉が、
再び彼の心を動かした。

「心が強いと思っていた自分が、最後は心で折れた。
でも、心を整えることで救われる人がもっといるんじゃないか──
そう思ったんです。」

それが、第二の人生の始まりだった。

メンタルコーチ資格を取得し、
現在はアスリートや若者を対象にメンタルサポートを行う。
同時に、神奈川県の社会人サッカークラブで監督としても活動している。

「技術や才能も大事だけど、
最も大切なのは“心と向き合う力”だと思っています。
試合に勝つより、人生に勝てる選手を育てたい。」

かつて、誰かが自分を信じてくれたように。
今度は、自分が誰かの心を支える番だ。

「始まりも、終わりも、鍵になるのは心。
心が動くから行動が生まれる。
心が止まれば、すべてが止まる。」

彼の口から出る言葉は、どれも実体験に裏打ちされた重みを帯びている。

「人間力の強い人を増やしたい」

引退を経て、メンタルコーチとして歩み始めた今。
川目さんが掲げる目標は、ただひとつ。

「人間力の強い人を増やしたい。」

彼が言う“人間力”とは、決して「前向きで明るい人」や「精神的にタフな人」のことではない。
むしろ、「弱さを受け入れながら、それでも前に進める力」のことだ。

「人って、何かをやめるときや苦しいときほど、“自分のせいだ”と思いがちなんです。
でも、本当は心の仕組みや整え方を知らないだけ。
正しい理解と支えがあれば、人は誰でももう一度立ち上がれる。」

自身が味わってきた理不尽や絶望、孤独。
そのすべてを通して知ったのは、
「環境」ではなく「心の在り方」こそが人生を変えるという真実だった。

今、川目さんは神奈川県の社会人クラブの監督として、
選手たちにサッカーを通じて“人間としての強さ”を伝えている。

「練習では、技術よりも“どう考えたか”を大切にしています。
たとえミスしても、“次にどう立ち上がるか”の方が価値がある。
サッカーも人生も、結局はメンタルのスポーツだと思うんです。」

彼の指導は、単なる競技指導ではない。
一人ひとりの選手と丁寧に向き合い、
「なぜ落ち込んでいるのか」「どうすれば自分を信じられるか」──
“心の会話”を重ねながらチームを導いていく。

「僕がこの活動を通じてやりたいのは、
“強い人間”を増やすことじゃないんです。
“自分の心を理解できる人”を増やすこと。
それが、人間力の本質だと思っています。」

将来的には、スポーツや教育の枠を超えて、
心の在り方を学べるコミュニティや事業を立ち上げたいと考えている。

「結果や成功に縛られず、
どんなときも“自分らしく生き抜ける人”を増やしたい。
それが、僕の人生をかけた挑戦です。」

かつて、誰かが自分を信じてくれたように。
今度は、自分が誰かを信じて支える番だ。

報われない努力なんて、ひとつもなかった

振り返れば、涙と挫折の連続だった。
書類の不備で夢を逃し、怪我でピッチを去り、
理不尽に怒鳴られ、廃墟で夜を明かしたこともある。

それでも、彼は立ち上がることをやめなかった。
誰かの言葉に救われ、誰かの優しさに心を取り戻し、
そして、何度も“自分”と向き合い続けた。

「報われない努力なんて、ひとつもなかった。
どんな経験も、いまの自分を作るための過程だったと思います。」

サッカーが教えてくれたのは、勝ち負けだけじゃない。
挑み、倒れ、また立ち上がる、そのすべての中にこそ「人間力」がある。

「始まりも、終わりも、鍵になるのは心。
心が動くから行動が生まれる。
だから僕は、これからも“心”と向き合い続けます。」

夢を追い続けた青年が、最後に見つけたのは“結果”ではなく“在り方”だった。
それは、誰よりも深く傷つき、誰よりも強く信じたからこそ辿り着けた答えだ。

今日もまた、川目 湧真は誰かの心に寄り添う。
あの日、自分が救われたように──
今度は、自分が誰かを救うために。

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